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2010.03.09

金沢を行く

片町商店街かいわい(金沢市)

昼夜の「顔」進化へ

 金沢駅から南南東に約2キロメートル、金沢市の中心に位置する片町商店街。大通り(国道157号)に沿って、総延長約850メートルのアーケードが伸びる。この町には、若い女性客や家族連れでファッションショップやカフェがにぎわう「昼の顔」と、居酒屋やバーなど約1500もの飲食店が軒を連ねる、北陸最大級の繁華街という「夜の顔」とがある。

 商店街の中心に位置する欧州風ショッピングモール「プレーゴ」は、この町の「昼の顔」の象徴だ。大理石が敷き詰められた楕円(だ・えん)形の広場を中心に、オープンカフェやレストランが店を構える。

 2001年、それまで十数年間空き地になっていた場所に、金沢市と、地元の中小事業者がつくる「金沢商業活性化センター」などが町のイメージアップを狙って建てた。片町商店街振興組合の理事長、小間井隆幸さん(56)は「このしゃれた雰囲気が、片町だけでなく金沢全体のブランドイメージを高めている」と胸を張る。

 一方、「夜の顔」を彩るのは、片町交差点(スクランブル)周辺のネオンと人の波。バブル景気に沸いた80年代後半、この交差点に面する商店は、次々とバーやラウンジが入居するテナントビルに建て替えられていった。

 しかし、バブル崩壊と不況の波が飲食店街を直撃し、売り上げは落ち込んだ。商店街は、運転代行のチケットが当たる抽選会などの「販促イベント」に打って出る。「大売り出しや福引のような、商店街一体での取り組みを夜の町でも、ということです」とテナントビルのオーナー、八田稔さん(48)は説明する。

 今月、片町を含め五つの商店街が合同で実施する「金沢まち飲みラウンド」では、前売り3千円のチケットで飲食店3店をハシゴできる。初めての店にも気軽に入ってもらおうという試みだ。

 今年1月、片町商店街振興組合は組合員の80%以上の賛同を得て、地元が町づくりのルールを自主的に決める「まちづくり協定」を金沢市と結んだ。今は大半が1階の高さのアーケードを2階の高さ(地上8メートル)に統一し、空きテナントが目立っている2階以上への入居を促す。

 5年後には北陸新幹線の金沢延伸も迫る。そのころ、片町商店街はまた新しい「顔」を見せているだろうか。(那波智彦)

【DATA】
■片町 江戸時代初期に犀川の支流が流れる広い河原を埋め立てて出来た土地で、当初は「河原町」と呼ばれていた。片町の名は、通りの片側に家が並んだことに由来している。

 ■片町商店街振興組合 1894(明治27)年ごろに「片町組合」として結成された。金沢市片町1丁目と2丁目にまたがり、国道157号沿いに立ち並ぶ商店街。現在のアーケードは1981年に完成。組合員数62人。

 ■ラブロ片町 宮市百貨店として1923(大正12)年に創業した百貨店・大和の本社ビルで、専門店を中心とする複合商業施設。大和本店の機能が香林坊店に移転した1986(昭和61)年に開設。金沢市が空き店舗対策として、観光客や修学旅行生向けの観光案内所「金沢まちなか観光交流サロン」を昨年11月末にオープン=写真。2月には常設の展示スペース「金沢美術工芸大学アートギャラリー」を開設した。

2010.03.04

「ボクのこと、OLと思って」 稲垣吾郎が人気美容スポット通い

 2月26日発売の「FRIDAY」(講談社)に、「ゆるゆるファッションで溶岩浴の夜」をキャッチされてしまったSMAP・稲垣吾郎。『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)収録後、パーカー&スウェットにダウンジャケットを羽織った部屋着スタイルで、青山の溶岩浴の店に訪れたところを撮られたのだが、その間すれ違った一般人に気づかれなかったことで「オーラがなさすぎ」と、余計なお世話のダメ出しをくらってしまった。さすがは天下のSMAP、リフレッシュのときでもチェックの目が光っているようだ。

 ちなみに「溶岩浴」は岩盤浴と混同されがちだが、よりミネラル分が豊富で体質改善に効果があるといわれているもの。小雪や浜崎あゆみ、三浦りさ子など女優や芸能人にも人気が高い美容スポットで、自ら「女の子の間でブームになることって、だいたい好きなんですよね。ボクのこと、OLって思ってください。女性誌とかに書いてあるようなことってのは、ボクみんな好きですから」(2006年11月6日文化放送『STOP THE SMAP』)と公言する稲垣が通うのも、ある意味納得だ。

 さらに、「もうね、(ドラえもんの)しずかちゃんか! ってぐらいお風呂が好きなんですよ。すんごい好き」と熱く語ったのは、2月24日に放送されたラジオ『STOP THE SMAP』でのこと。入浴方法にもいろいろとこだわりがあるようで、「2歳児をもつ主婦です。お風呂でのくつろぎ方について教えてください」というリスナーからの質問を受けて、「僕は意外と朝が好きなんだけど、子育てしてる人はお風呂入ってる暇ないですもんね」と悩みながらも、お気に入りのバスグッズを紹介してくれた。

「防水用のお風呂ん中で聞けるミュージックプレイヤーみたいなのがあるんですね。ちょうどペットボトルみたいな形の。カードに音楽をいれて、それで聞けるんですけど、これはすごい便利ですねえ。お風呂の反響をうまく生かしてて、音響システムがすごくいいんですよ。おすすめですね」

 以前から、バスソルトや湯船に浮かべると花が開くバラなど、少女マンガのヒロインのようなバスグッズを愛用していると明かしていた稲垣。「僕の夢はでかいお風呂を家につけることだよね。丸い大理石になってて、水がライオンの口から流れてくるような(笑)」と、冗談のようなベタな構想を語っていたこともあったが、案外本気なのかもしれない。

 現在、3月5日に幕を開ける2年ぶりの舞台『象』の出演を控えて、稽古に励む日々の稲垣。約1カ月にわたる長丁場だが、バスグッズや溶岩浴などで適度に”息抜き”しながら、素晴らしい演技を披露してほしいものだ。

2010.03.03

ウオッチング’10:甲府市役所現庁舎、来月30日で閉庁 /山梨

◇昭和を代表する建築家が設計 3、4号館は1931年建設
 昭和を代表する建築家2人が設計した甲府市役所の現庁舎が4月30日で閉庁する。

 最も古いのは79年前、1931(昭和6)年に建てられた3、4号館。福祉保健部や収納課が入っている。

 特に鉄筋コンクリート2階建ての4号館は、日本武道館を設計した建築家、山田守(1894~1966年)の手による。当初は郵便局兼電話局だった。曲線を多用したアールデコ風。庁舎内には太い円柱が並び、天井と接する部分が独特のカーブを描いている。

 昭和初期の備品も残る。階段途中の男子トイレには高さ150センチもある巨大な小便器がある。「『ドイツ製の外国人用では』という話もあったが、調べたら国産品のようです」(庁舎建設部総務課)

 最も大きな1号館は61年に完成した。東京タワーや通天閣を手がけた建築家、内藤多仲(たちゅう)(1886~1970年)の設計だ。1階窓口のカウンターは重厚な大理石製だったが、6年前に「市民が座ったまま手続きできるように」と低い木製に改修された。しかし、市長応接室は調度品もその配置も、ほとんど61年当時のまま変わっていない。

 落成時の広報誌には「高度の行政を要求される今日の時代にふさわしい近代的建築物」とあるが、さすがに外壁が薄汚れてきた。73年に市職員となった生活福祉課の標誠治課長(58)は「市街地はもっと活気があった。でも、そのころから1号館は古ぼけた感じだったな」と懐かしむ。

 長い歴史を持つ庁舎も寄る年波には勝てず、耐震性にも問題があるため、13年3月に新庁舎に生まれ変わる。今年5月に市役所は旧相生小(同市相生2)の仮庁舎に移転、現庁舎は7月に解体が始まる。市は4月29日に1号館前で閉庁式と「お別れの会」を企画している。式後に市民も参加できる旧庁舎の見学会も開かれる。【春増翔太】

2010.03.02

時代を駆ける:辻口博啓/4 あめ細工で世界一…放心

◇HIRONOBU TSUJIGUCHI
 <倒産した実家の和菓子屋「紅屋(べにや)」再建の決意を胸に秘め、パティシエ(スイーツ職人)修業のため再び上京して5年。90年に、国内大会で初優勝した>

 コネのない自分が成り上がって店を持つには、コンクールで優勝するしかないと思っていました。でも、国内大会で1度優勝したぐらいじゃ、スポンサーは現れない。翌年、全国のパティシエが勢ぞろいする「全国洋菓子コンクール」に出ると決めました。

 初優勝後、東京・世田谷の本格フランス菓子店で修業を始めました。日本にフランス菓子を紹介した、パティシエの第一人者がシェフでした。でも、このシェフと対立しちゃいましてね。「店の仕事も満足にできないやつがコンクールに出てどうする」の一点張りで、出場を許してくれない。数カ月後「今すぐ店を上がらせて(辞めさせて)もらいます」ってたんかを切り、着ていた白衣を投げ捨て、辞めちゃったんです。

 <時に24歳。「少しテングになっていたのかも」というほろ苦い思い出だ>

 当時、シェフの自宅の隣の風呂なしのボロアパートに住んでました。店を辞めて約半年間、生活費を稼ぐため建築現場の日雇い労働をした。東京・青山にある大学の地盤基礎工事で、ほぼ同年代の学生たちが楽しそうにキャンパスライフを送る姿を横目に泥だらけで働きました。

 仕事が終わって帰宅すると、必ずシェフの家が目に入るでしょ。毎日、「ちきしょう、成り上がってやる!」と思ってました。でも、引っ越さなかった。たぶん、心のどこかで、尊敬するシェフのそばにいたかったんだと思います。

 <約半年後、東京・新宿の一流ホテルにスカウトされた。レストランのデザート部門のパティシエだった>

 休みもあるし、朝もそんなに早くなく、コンクールの準備をするには打って付けの職場でした。

 僕が出した条件は、仕事以外の自由な時間と厨房(ちゅうぼう)と材料を、コンクールの準備に使わせてもらうことでした。その代わり、僕がコンクールで何度も優勝すればホテルの宣伝になりますよ、と持ちかけたんです。

 ここで「ピエスモンテ」と呼ばれる、あめ細工の技術を覚え、約2年間、ひたすらあめ細工を作り続けました。全国洋菓子コンクールをはじめ、国内大会はほぼ連戦連勝でした。

 <94年、スイーツの本場フランスで開かれた大会「コンクール・シャルル・プルースト」に出場した>

 ホテル勤務でためた100万円を資金に、大会の1カ月半前からパリで安アパートを借りました。コンクール作品の制作場所でしたが、ベッドと木製テーブルが一つあるだけの殺風景な部屋で、電磁調理器だけ、ガスコンロもない。おまけに砂糖の純度や水の硬度も日本と異なり、環境は最悪でした。

 作品は大理石の板の上で作りますが、重たくて日本から持ち込めず、代わりにトイレの床のタイル上で作りました。なめても大丈夫なぐらい、タイルを磨き上げ、何日もかけて高さ1・2メートルのあめ細工の大作を作り上げました。出場者約60人の大半はフランス人です。日本人は7人いて、このために日本から来たのは僕だけ。結果は銀賞でした。「いけるぞ。きっと世界一になる」と確信しました。

 <その後も、あめ細工だけの世界大会(外国人部門)で優勝するなど快進撃が続いた。29歳で、世界最高のパティシエを選ぶ権威ある大会「クープ・ド・モンド」に出場した>

 仏大使館が主催する日本予選「ソペクサ」の上位2人と、2人が指名した1人の計3人が、日本代表で出場します。僕は1位で選ばれました。大会は18カ国の代表チームが競う国別対抗戦で、僕があめ細工、ほかの2人がチョコレート細工と氷細工を担当し、それぞれテーマの「鳥」を表現した作品を作る。制限時間は8時間で、食事もトイレも忘れ制作に没頭しました。

 僕のあめ細工は、2羽のツルが求愛しながら宙に舞う姿を表した作品でした。展示台に作品を置いた瞬間、他国の出場者たちから歓声が上がり、作品の周りに人だかりができたのを見て、手応えを感じました。

 掲示板に結果を書いた紙が張り出され、国別対抗はわずかな差で3位でしたが、あめ細工部門の1位に僕の名前があった。「世界一のパティシエ」の夢がようやくかなったんだなあと、しばらく放心状態で自分の名前を見つめていました。

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 聞き手・清水優子/「時代を駆ける」は月~水曜日掲載です。

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 ■人物略歴

 ◇つじぐち・ひろのぶ
 パティシエ。石川県七尾市生まれ。県立中島高卒。数々の国内大会で優勝後、97年、世界最高峰の大会「クープ・ド・モンド」で世界一に輝く。現在、東京都や石川県などで計11店を展開する。42歳。

2010.03.01

グレード高く敷居低く リーデンローズ界隈

JR福山駅から南東1・3キロ、王宮のような建物が現れる。ふくやま芸術文化ホール、通称「リーデンローズ」だ。優れた音響設備を持ち、著名アーティストの公演が開かれる一方で、市民がカラオケ大会に使うなど敷居は低い。(中野寛)

 リーデンローズは、「葦(あし)」を意味する英語のリードと、「ばら」のローズを「アンド」でつなげ、英語発音にしたもの。市内を流れる芦田川に数多く茂る葦と、市の花に指定されている「ばら」から名付けられた。

 2003席を持つ大ホールに、312席の小ホール、それぞれのホールの舞台と同じ広さの練習室がある。バラの装飾をあしらった重厚感のある扉を開いて大ホールに入ると、まず頭上の開放感に驚かされる。空気量を増やしてホール内で音が増幅して響くようにと、天井は最高約20メートルの高さに設計されている。

 壁面は木質で、溝を刻み込んだデザイン。音が反響して「厚み」が出るという。残響を調整するカーテンも数カ所についており、演目によって開け閉めすれば、残響の度合いが調整できる。昨年7月に大ホールでコンサートを開いたNHK交響楽団のフルート奏者甲斐雅之さん(37)は「響きを包み込んでくれるから、演奏していてすがすがしい。国内でも屈指のホール」と絶賛する。

 ホール外の設計にもこだわった。建物のロビーは大理石がメーン。天井や壁面に備えられた照明はすべてオリジナルデザインで、社団法人照明学会から優秀照明施設賞を受賞している。公演前は気分を高揚させ、終演後は余韻を味わってもらうためだ。同ホールを運営する財団法人ふくやま芸術文化振興財団の小林実事業課長は「グレードは非常に高い」と胸を張る。

 一方、ホールの使用目的に制限はない。市民の愛好家団体による琴、バレエ、演劇など演目は様々だ。今年1月31日には大ホールで「ふくやまコーラスフェスティバル09」が開かれ、市内の幼稚園からママさんコーラス隊まで27団体1300人が自慢の歌を披露した。レパートリーが数曲しかない団体でも、たくさん集まることで大ホールに立つことができる企画だ。

 小林さんは「市民の文化の成長を後押しできるようなホールでありたい」と話している。

○笑顔いっぱいで指導/ホリデイスポーツクラブの山本さん-----
 ホリデイスポーツクラブ福山でエアロビクスやダンスなどを担当するインストラクター山本貴子(たか・み)さん(25)は、常に笑顔を心がけている。ハードな有酸素運動もスマイルいっぱいで、16歳から70歳代と幅広い年齢の受講者たちも自然と笑みがこぼれる。「ホリデイから福山を元気にしたい」がモットーで、一人一人、丁寧にコーチする。「利用者の方には楽しく汗をかいてほしいです」。電話084・954・7500

○頭の中に2千の料理/日本料理「鼓」本店店主の渡辺さん-----
 日本料理「鼓」本店の店主・渡辺尅人(かつ・と)さん(62)は、午前3~4時に起床し、福山地方卸売市場で素材を厳選する。その日の素材と相談して最適のメニューを考え、お客の要望に応じて料理する。「約2千のレパートリーが頭に入っています」。春からのおすすめは「鯛(たい)そうめん」。タイを焼いてからタイのだしで炊き、冷やしそうめんやしいたけなどを盛りつける。「自慢の味を、ぜひ」。電話084・932・3388

○再現しやすい髪形を/美容室CUT・S入船店の岩下店長-----
 美容室「CUT・S入船店」の店長岩下悟貴(さと・き)さん(33)は、お客の要望を聞きつつ、話す内容、服装、読んでいる雑誌などから似合う髪形を考える。「家に帰っても再現しやすいヘアスタイル」を意識する。温かみのある木を基調にデザインされた店内は、天井の高さが5メートルとゆったり。8人の従業員と、親しみやすい店作りを目指す。「お客様に開放感を味わってもらいたい」。電話084・973・7877

○自慢できる包装用品/パッケージプラザフクヤマの下山さん-----
 専門業者も多く出入りする包装用品の専門店、「パッケージプラザフクヤマ」は品ぞろえが自慢だ。店員の下山めぐみさん(57)は「プレゼントの中身とイメージを教えてもらえれば、ぴったりの商品をお選びします」。店内には手提げ袋や包装紙など約2万点のアイテムが並ぶ。リボンの種類は約200種類だ。「ホワイトデーなどイベントに合わせた商品もそろえています」。電話084・921・2255

○半年間修行 府中焼き/ビビンバ大王の松岡店長-----
 石焼きビビンバ料理の「ビビンバ大王」では昨年11月から、ひき肉を使った府中市名物のお好み焼き「府中焼き」を出し始めた。店長の松岡真一さん(37)が約半年間、同市のお好み焼き屋に通って修業し、作り方を習得した。「今話題のB級グルメを、福山でもどうぞ。本場にも負けません」。メーンの各種石焼きビビンバは、マイルドな辛さのコチュジャンが決め手だ。電話084・971・1160

○住宅にお店っぽさを/共栄ホーム入船店の奥田さん-----
住宅の設計施工を手がける共栄ホーム入船店の売りは、個人住宅に「お店」の要素を取り入れること。「バーカウンターをイメージしたキッチンや、カフェ風のダイニングなどお好みにコーディネートします」と、営業部次長の奥田征尚さん(33)。自社で家具工場を持ち、オリジナル家具の据え付けも可能。「丁寧な打ち合わせでお客様のニーズを突き止め、最高の新居をご提案します」。電話084・922・6116

2010.02.24

大理石:標本作り体験 採掘跡見学、地質を学ぶ--秋吉台エコ・ミュージアム /山口

◇親子連れら20人が参加
 秋吉台の地質を学ぶ体験教室「秋吉台大理石のルーツを探る!」が21日、美祢市美東町の秋吉台エコ・ミュージアムであり、親子連れなどが大理石の標本作りを楽しんだ。

 約20人の参加者は秋吉台に残る大理石の一種「長者錦」の採掘跡を見学後、標本作りに挑んだ。12種類の原石をハンマーでたたき割り、塩酸につけると、くすんでいた原石が透き通った大理石へ“変身”。宇部市立西岐波小5年、田中雪菜ちゃん(11)と同3年、亮太郎くん(9)は「参加して楽しかった。同じ大理石なのに、色が違うのが面白い」と完成した標本を不思議そうに見つめていた。

 同ミュージアムによると、秋吉台は1900年ごろから60年ごろまで、大理石が盛んに採掘され、その一部は国会議事堂や銀座三越などに使われているという。【佐野格】

〔山口版〕

2010.02.22

『全館、重文でございます』 高島屋日本橋店 店内ツアー人気

重要文化財の指定を受けている高島屋日本橋店(東京)の建物ツアーが人気だ。指定を受けた二カ月後の二〇〇九年八月に始めて以降、申し込みが絶えないという。

 同店本館は一九三三(昭和八)年に完成。西欧の歴史様式に日本建築の要素を加えた設計で、「百貨店建築の代表格」として重文指定された。ツアーは無料で毎月第二金曜日(一日二回)に行っており、毎回十人の定員はすぐに埋まる。不定期に受け入れる団体客も合わせ、これまで延べ約五百人が参加したという。

 案内役のベテラン社員が一時間ほどかけて、ルネサンス様式を基調に東洋的な要素を融合した三層構成の外壁や、アンモナイトの化石が見える大理石の柱などを情緒たっぷりに解説。高島屋では「他の百貨店にはない魅力で、集客増にもつなげたい」と話している。

2010.02.16

エッ…内装はこれから?上海万博の顔、中国館が「竣工」

 5月1日に開幕する上海万博の「顔」ともいえる中国館の竣工式典が8日に行われ、中国国内の各メディアは中国館の竣工(しゅんこう)を大きく伝えている。

  千家網は2007年12月18日の着工からわずか2年あまりで竣工したことを紹介しているほか、建物の概要について紹介している。また、夏は太陽を遮断し冬は保温効果があるなど建築構造や、太陽エネルギーの使用、雨水の循環利用など「エコ」システムをふんだんに採用していることを説明している。

  地元上海のメディア、新聞晩報は急ピッチで工事が進んでいる中国館内部に入り込み、施工者への取材を行っている。記者たちはまず最上階の14階を見学しているが、そこにはコンクリートむき出しの地面に木材や大理石、セメントなどの資材が散乱、壁も石膏ボードがむき出しになっている状態であると記述されている。記者は左官職人を手伝うことになったが、話によると彼らは朝6時から夜まで仕事をしており、14階の作業場にはまだ電気が通っていないために懐中電灯片手に作業をしているという。

  間もなく春節(旧正月)を迎えるこの時期らしく、帰省の話題も出た。記者が手伝った左官職人は今年は帰らず、ここで年を越すと言い「誰が帰りたくないって?みんな帰りたいにきまってるさ。でも残らなきゃいけないんだから仕方ないだろ」と口調を荒らげた。家族と新年を迎えること何よりも大事にする中国において、休み返上で作業しなければならないところに、切迫感を感じる。

  日本で「竣工」「落成」というと、内装もすべて整った状態での完成をイメージするが、中国では事情が異なる。建物は内装前の状態で販売され、内装は購入後に自分で手配することケースが多い中国では、外側が出来上がれば「竣工」ということになり、竣工後に内部工事を始めたとしても決しておかしくない。このあたりは誤解しやすいところだが、少なくとも春節返上で作業を行う人々がいるということからは、スケジュールに余裕がないのではという推測が立つ。

  なお、中国館は4月にプレオープンの予定で、建物は万博終了後も残されるという。(編集担当:柳川俊之)

2010.02.15

古代カルタゴとローマ展、11日開幕 京都文化博物館

約2800年前に現在のチュニジア北部に建国された都市国家「カルタゴ」の秘宝を集めた展覧会「古代カルタゴとローマ展 きらめく地中海文明の至宝」(産経新聞社など主催)が11日から、京都文化博物館(京都市中京区)で開催される。

 装飾品や彫刻など約160点を展示。地中海の都市を淡い色彩で描いたモザイク画(縦横約5メートル)が世界初公開されるほか、エジプトの神を立体彫刻した大理石製棺など約9割が日本初公開となっている。

 オープンに先駆けて10日に行われた開会式では、駐日チュニジア共和国特命全権大使のヌルディーン・ハシェッド氏が「日本とチュニジアの文化的なきずなが深まることを期待している」とあいさつした。

 同展は11日から4月4日まで開催。月曜は休館(月曜が祝日の場合は翌日休館)。一般1300円、大学・高校生900円、小中学生600円。問い合わせは同博物館((電)075・222・0888)。

2010.02.05

「王様のレストラン」 マダム・トキ(東京都渋谷区)

各国の大使館や最先端のブティックが集まるおしゃれな街、東京・代官山。「マダム・トキ」は、この街に1978年に開業したフレンチレストランだ。

 オレンジの外観がひときわ目立つ優雅な一軒家。内装の壁はマホガニーを使い、柱も床もイタリアの大理石。欧州の古き良き雰囲気をかもしだす。

 フジテレビ系で95年に放送された連続ドラマ「王様のレストラン」で撮影に使われた。

 ドラマの舞台は格式あるレストラン「ベル・エキップ」だ。オーナーシェフの死で店から客足が遠のき、息子で新オーナーの原田禄郎(筒井道隆)は、伝説のギャルソン、千石武(松本幸四郎)に復帰を頼む。千石はくすぶっていた従業員を目覚めさせ、店を立て直していく。

 シェフに山口智子、バーテンダーに鈴木京香、支配人に西村雅彦と、人気と実力がそろった俳優たちが熱演した。

 マダム・トキの門をくぐると花に飾られたテラスがある。ここを背景に毎回、出演者紹介の映像が流れた。ドラマに出てくる店内はスタジオに組んだセットだが、調理室の小さな丸い窓やバーコーナーはマダム・トキのそれを再現した。

 脚本のイメージにぴったりの店として、マダム・トキでの撮影が決まった。

 プロデューサーを務めた共同テレビ取締役の関口静夫さんは「演出家がいろいろと見て回って、やっと見つけた。ドラマの店の格式は、ビルの一室のレストランではなく一軒家だからこそ表現できた。出演者もイメージがつかみやすかったと思う」と振り返る。

 ドラマは、脚本家の三谷幸喜さんが店の中だけで物語を展開させたワンシチュエーションドラマだ。ほかの場所に行くこともなく、皆が集まって食事をするでもなく、ただ店の中の会話と心理の動きですべてを解決する。

 「三谷さんは、一幕物の芝居を数多く手がけていた。だからこそできた技だろう」と関口さんは話す。

 ドラマでマダム・トキは全国区の知名度をもった。このレストランで披露宴を開くカップルはいまも多いという。

 オーナーは林勝彦さん・トキさん夫婦。大貫真義支配人は「2人は特にお金があったわけではない。無類の食いしん坊で、がむしゃらに働き、地元の信用金庫から融資してもらい、世界中から調度を集めた」。

 夫婦の懸命さが生んだ「本物」の重厚感と脚本の世界が融合し、出演者にも伝わって、「王様のレストラン」は小さな空間で人間のすべてを描く名作となった。(竹田さをり)

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